春来


彼は寝間着のまま、必死に屋敷の中を走っていた。
幼い彼の小さな身体にとっては長く思える螺旋階段を必死に登り続ける。
藍色の髪が乱れ、汗で額に張り付いても気にしていられなかった。
息を切らしながら廊下を駆け抜け、一番端の普段は入室を禁じられている父親の書斎に飛び込む様に駆け込んだ。
まさにその時、一人の男の持つ剣が彼の父親へと振り下ろされる。

「ちちうえーっ!?」

叫ぶ彼の目の前でゆっくりと父の身体が崩れ落ちていった。
彼は数人の男の間をすり抜け必死で父の元へ駆け寄る。
噎せ返る様な血の臭いが鼻をつき、吐き気がこみ上げた。思わず身が竦むが、それでも血の中に倒れる父の元へ跪く。
「ちちうえっ!ちちうえっ!」
僅かに痙攣するような動きを見せた後、静かに父は瞼を閉じた。
「ちちうえ…」


彼は1年前に母を病で亡くした。
唯一の肉親となった父も今、目の前でその命を断たれた。


彼の家は国でも有数の豪族の家系だった。
父親は国を支える政治家の一人。彼もいずれ家を継ぎ、父のように国を背負うことになると思っていた。
その為に次期当主として、彼は幼い頃から家の中に閉じ込められ英才教育を施された。
語学や経済学等の勉学は勿論、剣術も徹底的に叩き込まれた。――剣術に関しては師匠が技術は一流だが、血が苦手なせいで本当の戦には向かないと言っていたが…それでも何についても優秀な子供だった。
内気で人見知りの激しい性格だったけれども、そもそもあまり他人と接する機会が少なかったので問題もなかった。
だから、当主である父の方針で隔離されたような生活ではあったが、不満なんてなかった。
何不自由なく幸せな暮らしに、世界は優しく穏やかなのだと彼は思っていた。

実際は争いが絶えず、圧政を敷く父を疎む者が存在することを知ることもなく…

そして、今、父が討たれて初めて外を、真実を知った。
己が何も知らず、安穏と生きてきたのだということを悟った。


気配に振り返ると父を切り捨てた男の持つ刃が次に自分へ向けられていた。

『ここで、おれはしぬんだ…』

無知は時に罪なのだ。
彼は無意識のうちに自分の死を受け入れようとしていた。
父を殺した男が血に濡れた剣を掲げる。
彼の中には混乱も恐怖もなかった。
それが自分に振り下ろされるのだと彼は静かに目を閉じる。

しかし、次の瞬間彼を襲ったのは鋭い刃ではなく、まるで母の腕の様に温かな風の感触だった。



――彼が6歳の時のことである。










酷く懐かしい夢を見た。
それは、酷く懐かしいと同時に、酷く悲しい夢だった。
瞬くと眦からつっと雫が伝う。
彼は身体を起こし、手の甲で目元を拭う。
辺りは宵闇の気配に満ち、しんと静まり返っていた。
不意に思い立ち寝所をこっそり抜け出し、宮の外へと出る。
外の風は寒いと言うほどではないがひんやりしていた。
空には月がまだ高い位置にある。夜明けはまだ遠いらしい。
彼は深く息を吸い込み、月を見上げた。

夢を思い返す。

あれから10年の月日が過ぎた。
あの場所で死ぬのだと思った幼かった自分は今、全くの別世界で生きていた。





刃が己の命を絶つことを待っていた少年を迎えたのは温かい風だった。
不思議に思い目を開くと、其処はつい先程まで佇んでいた邸宅の父の書斎ではなかった。
見たこともない白い木がまず目に入った。周囲には奇妙な形の岩が連なる。
目の前に獣と女人が混じったような姿をしたものが居た。怖いとは思わなかった。

その時の彼には不思議でしかなかった。お伽の世界に迷い込んだかのような気分だ。実際そんなものだったわけだが…
そうしてぼんやりとしていると意識が薄れていくのを感じた。
父の流した血を浴び、その臭気を嗅いだ。それに当てられたのだろう。
昔から自分はそうだった。己の血も、他人の血も苦手で少し血の匂いを嗅いだだけで具合を悪くした。
考えているうちに彼の意識は途切れた。


血の穢れに当てられた彼は本来の獣の姿で暫くの間眠っていた。

そうして、目を覚ました後から彼の新しい世界での新しい生活が始まった。
彼が以前居た場所とは全くの別世界で始めは戸惑うことも多かった。
それでも、すぐに慣れたのは幼かったこともあるだろう。


今居る場所をこの世界の中央にある五山の一つ蓬山(ほうざん)だと、彼の世話をしてくれる女仙(にょせん)と呼ばれる女性達が教えてくれた。
そして、彼がその蓬山の主――麒麟(きりん)であると。
麒麟―― 一国に一の最高位の神獣。麒麟は蓬山にある捨身木(しゃしんぼく)に卵果(らんか)として実り、誕生する。そして、天意によって王を選ぶ孤高不恭の生き物。決して王以外のものには従わず、王以外のものの前で膝を折らない。
己が人ではなかったことに然程ショックは受けなかった。というのも、この世界に来て獣の姿に一旦戻ったのだから。
そして、己が何故あれほどに血を嫌うのかも理解が出来た。
麒麟の性向は仁で正義と慈悲の生き物であり、争いを厭う。特に血を恐れ、血の穢れで病むこともあるのだという。
彼が幼い頃から血を嫌ったのは麒麟の性(さが)だったのだ。

少しずつ此方の世界のことを学び、己の麒麟としての力も目覚めた。
彼は自然にこの世界に溶け込んでいった。否、もともとこの世界のものであるということ自覚していったのかもしれない。


そうこうしている内に王を選ぶ為の昇山(しょうざん)が始まった。
昇山とは王に選定されることを望む人々が、自力で黄海(こうかい)――海とあるが、実際に海ではなく妖魔(ようま)や妖獣(ようじゅう)が跋扈する荒涼とした砂漠や荒地、樹海が広がる人外の土地である――を越え蓬山に登り麒麟に面会することをいう。
昇山できる者、つまり王になれるものはその国の者だけである。とか色々な決まり事があるらしい。
が、彼自身全部を理解しきっているわけではなかった。
ただ、自分が王を選ぶのだとそれだけを心に留めていた。



彼も16を過ぎた。
けれども、この10年間に王だと思える人物に会えることはなかった。
自分には選べないのではないかという不安もあったが、それでも王はいないのだとわかった。





不意に気配がし、物思いに耽っていた意識を引き戻された。それがなんであるかはすぐに分かった。
「ミーティア…」
それは彼の女怪(にょかい)の気配だった。
女怪とは麒麟にとって親代わりの存在である。麒麟より先に生まれて麒麟の誕生を見守り、乳母として育てるのだ。そして、麒麟が王を選んだ後は使令(しれい)――麒麟と折伏(しゃくぶく)によって契約を交わし僕となった妖魔――として、剣を持って戦うことの出来ない麒麟の身を守ることとなる。又、さまざまな動物が入り混じった女性の姿をしており、彼の女怪・ミーティアもまた鳥等の獣が混じったように鱗や翼、爬虫類の尻尾を持つ。
「いかがなさいましたか?」
心配そうな表情を浮かべるミーティアを安心させるようにふわりと笑みを見せる。
「いや、何でもない。目が冴えてしまったから少し外の空気を吸いに来ただけだ。」
「そうですか…」
それでも気遣わしげなミーティアの声に思わず苦笑が漏れる。
視線を空へ向ける。遥か彼方にまだ見ぬ彼の国がある。
「……王は本当に現れるのか?」
「ええ、必ず。」
「けれど、王に会うことが叶わずに亡くなる麒麟も居るんだろう?」
「それは…ですが、滅多なことではありえません。必ずお会いになれます。もしかすれば、次の昇山者の中に…」
ミーティアの声がどこか悲願を帯びて聞こえた。諦めないで欲しいと、言っている様だった。
けれど、彼は別段自棄になっているわけではない。
「いや、来ないよ…」
小さく彼の号を呼ぶミーティアに背を向けたまま、彼は呟く。
「きっと、来ない。……王は、俺を待っているんだ。そんな気がする。」
いつまで経っても遠くに見える光が近づいてこない。ならば、彼自身から光へ近づいていくしかない。
彼の中にいつの間にか生まれた感覚がそう伝える。
「……探しに行かれると?」
「ああ…行く。もう、待てない。」
王が居ない国は乱れるのだと聞かされた。妖魔が出没する。疫病が流行る。嵐がおこり、日照りが続き、水が荒れ、あらゆる災異に見舞われる。
こうしている間にも彼の国の民が苦しんでいる。
新王の践祚(せんそ)を待ちわびている。


それに彼自身もまたその一人だ。

切望、熱望、渇望…呼び方はなんでもいい。
彼の本能が求めている。その存在を…

ただ、今は恋い焦れるような思いが彼の胸を締め付ける。


「逢いたい。早く逢いたいんだ…」
振り返った彼の翡翠色の瞳は月明かりの下できらきらと輝いていた。










その日、男は急な用事で王宮から市街へと下りることになっていた。
簡易な鎧を身に纏い、肩先で揃えられた銀の髪と鋭い蒼の瞳が印象的な若い青年だった。
名をイザーク・ジュールと言い、25歳という若さで王直属の軍である禁軍(きんぐん)の右軍将軍職についている。
もっとも外見は更に下に見える。というのも、彼は21を数える頃に仙籍(せんせき)に入っているからだ。仙籍に入ったものを仙(せん)と呼ぶが、仙となったものは不老長寿となる。つまり仙籍に入った時点から老いなくなるのだ。
己の騎獣を厩舎(うまや)から連れ、支度を整える。騎獣は妖獣を飼い馴らしたものを言う。人や荷を運ぶ役割は馬や牛と同じだが、それよりも移動速度が優れており、空を飛ぶことが可能なものいる。
「イザーク!」
大きな声で名を呼ばれ、振り返る。
駆け寄ってくる男の姿が見えた。
金髪に色黒長身のイザークと同じ年頃の若い青年だった。こちらも簡易な鎧を身に着けている。
ディアッカ・エルスマン、イザークとは同期の仲だ。今は将軍であるイザークの下、師帥(かしかん)という職についている。
今日のイザークの用にも同行することになっていた。
「あー、もう準備終わったのか?」
位なら上官であるイザークに気安く声を掛けられるのはディアッカが幼い頃からの親友であるからだ。
「貴様が悠長にしているからだ。」
「仕方がないだろ。いきなりの命なんだからよ。」
ディアッカは急ぎ、己の騎獣を引き出す。
「つーか…騎獣ぐらい出してくれてもいいじゃん…」
支度をしながらぼそりと呟けば、何だとと低い声で睨まれ首を竦める。
「何故、貴様の騎獣を俺が用意しておかなければならん?普通は逆だろうが。」
「ま、そうなんだけどさ…」
「ぐだぐだ言ってないで早くしろ。置いてくぞ。」
「ちょ、…待てって。」
騎獣の手綱を引き、門へと向かうイザークに慌ててディアッカは支度を整え、後を追う。



門を抜け、空へと飛び立ち二人は騎獣を並べ走らせる。
「それにしても…禁軍将軍にわざわざ運ばせる程の書状じゃねーだろうに。」
ディアッカは苦笑を滲ませながら隣を振り向く。
「ついでに州師と市井の様子を見て来いとのことだ。」
「それだって禁軍将軍が出向く必要ないだろ。」
「まあ、いいさ。」
「…お前も苦労するよなー。」
「…仕方がない。」
蒼い瞳は同じ色の空の彼方を見、言葉を続ける。
「今、足元を掬われる訳にはいかない。」
イザークとディアッカの二人は21の時、共に禁軍に入り仙となった。そして、暫く前に起きた乱を鎮圧した功績から異例の若さで今の地位に着くこととなった。その二人の出世を妬む者や存在を厭う者たちがおり、常に失脚を狙っている。
つまり敵が多いのだ。隙を見せるわけにはいかない。
ディアッカがぼそりと呟く。
「軍神、だもんなぁ。」
先に述べた乱は民を混乱に陥れ、鎮めたのは禁軍将軍になったイザークだった。それからその存在は不穏分子の抑止となっている。結果、民がイザークを『軍神』と呼ぶようなったのだ。
今、イザークが失脚してしまえば抑止がなくなり、王が居無い為にただでさえ荒れる一方の国が更に荒廃することとなるだろう。
「…その呼び名は好きではない。」
「別に、俺が言い出したんじゃねーぜ?」
「分かっている。」
しばし重い沈黙が二人の間に降りる。

「そーいやさ…」
沈黙を破ったのは軽い口調のディアッカだった。
イザークは無言で先を促す。
「昇山者の話、聞いたか?」
「何?」
「あー、やっぱ知らないか。」
「だから、なんのことだ!」
声を荒立てるイザークにディアッカはこっそり苦笑をする。ただし、短気だよな、という言は胸の内に仕舞って。
「この間、門が開いたろ?外は昇山の奴らがかなり待ってたらしいんだけどよ…」
「ああ。」
門と言うのは黄海への入り口となる四つの門・四令門(しれいもん)のことである。それぞれの門は1年に1回、定まった安闔日(あんこうじつ)――春分・夏至・秋分・冬至――の時にだけ開く。黄海の出入りには普通この門を使用する訳だから当然、昇山する者も開くのを待つ。
そして、つい先日、春分を向かえて門が一つ開いたわけだ。
くつくつとディアッカは笑いを漏らし、隣を見やる。
「門が開いた瞬間にさ、麒麟が飛び出してきたんだってよ。」
「王が居たのか?そんな話は聞いていなかったが…」
「いや。昇山の奴らを飛び越えて、麒麟が蓬山を出てったんだよ。昇山に来た奴らは皆ぽかーんと口あけてそれを見送ったってさ。」
「…ではその時の昇山者の中に王はいなかったわけか。」
「そ。昇山する前に麒麟にお断りされちまった訳だ。ま、黄海越えるのも一苦労だし、入る前にわかって良かったのか、悪かったのか…」
更に笑うディアッカを横目に呆れたように溜め息をつく。
「笑い事ではないだろ。王の不在がまだ続くということだぞ。」
ディアッカは笑いを収め、真っ直ぐに前を見据える。
普段のふざけた様に惑わされるが、ディアッカとて決して無能なわけではなく、寧ろ有能な武官なのだ。
「そうでもないだろ。麒麟が蓬山を降りたってことは王を探しに出たってことだ。なら、麒麟が王を見つけるのも時間の問題だ。」
麒麟は王気を頼りに王の居場所を知ることが出来るという。二人は麒麟ではないので、その王気というものがどのようなものかまでは分からないが。
「…始めから麒麟の方から来てくれれば早く済む話なんだがな。」
溜め息を漏らすイザークにディアッカは苦笑し、肩を竦める。
「しょうがないって。」
イザークが地上に視線を落とす。
空から見えるのは剥き出しの地面の茶と黒、その上に僅かに残った雪の白。それは緑が少ないということだ。国が荒廃している証拠なのだ。
「…ようやく、王の不在が終わるのか。」

――この荒廃に終止符が打たれ、新たな再生の時代が漸く訪れるのか。










蓬山を飛び出した彼は王を探すために降り立った国を見て言葉を失った。
酷いとしか言い表せない風景が眼前に広がっていた。
田畑は枯れ、乾燥した地面が剥き出し溶けかけの雪が僅かに残っている。廃墟と化した民家もあり、戦乱の痕らしく焼け爛れた大地もあった。
人が住まう街や里も活気など無く、寂れ疲れ果てた雰囲気が満ちている。
王が居ない国は荒れる――そう教えられた。そして、知っていた。けれど、所詮知っているだけで、解ってはいなかったのだ。
女仙たちに囲まれ安穏と蓬山で過ごしていた間、国は荒れ、民は辛い思いをしていたのだ。
恵まれた家の中に閉じ篭り、勉強をして知っているつもりで、結局父を討たれるまで真実に気が付かなかった幼い頃となんら変わりがない。
また同じ過ちを犯していた。全然成長していない自分が悔やまれて仕方がない。
国を見て彼の中の王を求める気持ちが更に強くなった。



麒麟には王気がわかる。その王気から王の居場所を感じることが出来るのだ、と女仙たちに教えられた。
初めの頃はそう言われてもいまひとつ理解出来なかった。
けれども、今ならばわかるきがした。此方に何かがある、此方に行きたいと、漠然と感じられるのだ。
それこそが麒麟としての本能。
迷うことなく、途中で寄り道することも無かった。彼は真っ直ぐに其方へ進み続け、そうして街にたどり着いた。
荒廃した国の中で、まだ活気が残っている数少ない街の一つだった。今まで通った街と比べてみても明らかに大きく、人が多い。

一人、街の中を歩いていた。彼の女怪や使令たちも表に姿を見せてはいず、彼の影の中にその姿を潜ませている。
彼は蓬山に居た時とは違う、質素な衣服に身を包んでいた。質素といっても生地はそれなりに上質なものではあったが。
そして、頭に布を巻きつけている。これは髪の色を隠す為のものであった。
麒麟の髪は実際には髪ではなく、獣の形の時の鬣らしい。故に麒麟の髪は人の髪とは違った色合いをしている。煌めく宝石の表面の様な光沢、とでも言えばいいだろうか。人の髪と比べて輝きが違うらしい。
その髪色によって麒麟であることが知れると民を不用意に驚かせ、騒がせることになる。更に彼自身に危険が及ばないとも限らない。その為の簡単な変装の様なものだった。
故に彼が麒麟であると気付く者は今のところ居ない。どこか良い所のお坊ちゃんにみえるだけだろう。
脇目も振らずに此処まで進んできたので、実質的に初めて間近で見るこの国の街と言えただろう。
今まで通りかかった街や里よりは遥かに賑わっている。人の行き交いは多く、店に並ぶ物品の質も量も違う。
けれども、やはり荒廃の色はある。
遠目に見える場所に崩れかけた様な家々が並び、すれ違う人の中にはぼろぼろの衣服を着た者が多い。
遣る瀬無い思いがし、胸が痛んだ。
不意にそこへ光が射し込む。彼ははっとし、立ち止まる。
不審そうに彼を見遣り、追い越す人々に気を払うこともできなかった。
本当に光が射し込んできたわけではない。彼の中の麒麟の性(さが)が捉えた彼にしかわからないであろう希望の光。

――王気だ。

彼は思わず走り出す。光に向かって…
影の中から密やかな彼の号を呼び、制止する女怪の声が聞こえたが構わない。


通りを駆け抜け、あたりに気を払うこともなく角を曲がっていく。
「うおっ!?」
野太い男の声がした。
無我夢中で走っていた彼の目の前に突然壁が現れ、激突する。彼の華奢な身体はその衝撃で後ろに飛ばされ、尻餅をついた。
痛みに思わず呻きが漏れる。
「こいつッ、何しやがる!」
行く手を遮った壁というのは大柄な漢(おとこ)だった。野太い声で怒鳴りつけられる。
顔を上げると、いかにも荒くれ者といった風貌の漢が三人並んで彼を見下ろしていた。
行き成りのことで反応が遅れた彼を漢達が代わる代わる怒鳴りつけた。
影の中に潜む使令達が身構えているのを感じ、咄嗟にそれを小声で制する。
騒ぎに彼らを囲むように人が集まり出している。使令といえども妖魔であることに変わりはなく、彼の命令に逆らわないとは言えこんな街中で姿を見せれば大事になるのは必死。下手に事を荒立てればもうすぐ傍に居るであろう王を見つけ出せなくなってしまうかもしれない。
「テメェの方からぶつかってきやがったんだ。謝れよ!」
今は出来るだけ穏便にことを鎮めなければ…
漢の言う通り、自分に非があるのだから。
「あ、すみません…」
座り込んだままではあったけれども、素直に彼は謝罪を口にした。
しかし、それを見て漢たちが鼻で笑う。
彼は困惑してしまい、漢達を見上げるしか出来ない。
「おいおい、誠意が感じられねーな。」
「え?」
反対の漢が彼の頭に手を載せ、下へと力を込めた。
「手ぇついて謝れよ。」
「嫌だ!」
それは出来ない。麒麟は孤高不恭の生き物。王以外には頭を下げたりできないのだから。
反射的に彼は漢の手を払い叫んでいた。
「っんだと、この野郎!?」
手を払われた漢がその手を握り、頭上に掲げる。
…殴られる!
彼は反射的に目を閉じて衝撃を待った。

「…いい加減にしろ。」

静かな、けれども威圧を含めた声が聞こえた。
彼は第三者の登場に驚き、目を開いて見上げた。
彼へ振り上げられた拳を掴み止める青年が居る。



其処には眩いほどの光があった。

眩しくて眩しくて、強烈な光に眩暈を覚えるのに目を逸らしたくない。ずっとその光を見ていたい。そう思える光だった。
決して太陽の日に照らされる白金の色が眩しかったわけではない。
彼にしか見えない王気。眩い希望の光。ずっと捜し求めていたたった一つの存在。
――会えばわかります。天啓が下りますから。
女仙の言葉が思い起こされる。
その通りだ。はっきりとわかる。見つけたのだ。漸く、求めていたものを…
泣きたいほどの歓喜が彼の胸の内に沸き起こる。
今すぐに抱きついてその胸で泣き叫びたい。

彼の目には最早王気を放つ白銀の光しか見えていなかった。



青年の登場に誰もが驚きに一瞬時を止めた。
「放しやがれ!」
銀髪の青年を怒鳴りつけて、漢が掴まれた腕を払う。
存外、青年はあっさりと手を引き、漢を放した。
そして、すっと彼を背に庇う形で青年は間に割ってはいる。
他の漢達も青年を睨みながら、臨戦態勢をとっている。
大柄な漢達と比べて青年は長身ではあるがすらりとして細く見える。けれども、怯む様子はまったくなかった。
「何だ、テメェ…やんのか!?」
言うや否や殴りかかる漢の拳を青年は軽く避ける。空振りしたその腕を捕らえ、漢の背へと一気に捻り上げる。
一瞬の出来事に何が起きたかわからなかったものも多かっただろう。
「禁軍右軍将軍、イザーク・ジュール…」
青年が名乗ると辺りがざわめき立った。
禁軍将軍と言えば当然か、と彼は考えたがどうやらそういうことではないらしい。
野次馬の中から小さく、軍神という呟きが聞こえてくる。
「其処まで言うのなら手合わせくらいしてやるが?」
イザークと名乗った青年がぐっと掴んだ腕を更に力を込め戒めれば、情けの無い叫びを漢が上げた。
もう二人の漢達はすっかり怯み、逃げ腰になっている。
「ふん…」
抛る様にイザークが腕を解放するとあっと言う間に漢達が走り去って行った。
何がなんだか訳のわからない状況の中でも彼は只管に背を向けて立つ銀糸を見上げていた。

「おい、大丈夫か?」
いつの間にか傍らに居た色黒の青年が声を掛けてきた。翠の瞳はそれでも銀糸を見上げたままで、反応が無い。
イザークが振り返り、その青年を見遣る。
「ディアッカ、どうした?」
ディアッカと呼ばれた青年が軽く肩を竦めて、よくわからないと無言で訴える。
イザークが訝しげに顔を顰めたのが見て取れた。
彼はイザークから目を逸らさぬままに転んだ状態から姿勢を正す。
二人は顔を見合わせ更に困惑を伝え合った。
「貴様、何処か怪我で…」
怪我でもしたのか、と訊ねようとした言葉は途中で途切れる。
彼が頭に巻いていた布を取り払ったからだ。
イザークらも遠目に様子を窺っていた野次馬も言葉を失う。
美しく日の光に煌めきを放つ藍色の髪。
人には無いその髪色が表す所は
「麒麟…」
ディアッカが呆然と呟く。
そして、麒麟である彼が真っ直ぐに見つめているのは太陽を背負うようにして佇むイザーク。
水を打ったように静まり返る中でゆっくりと彼がイザークの前に跪き直す。
膝を付き、両手をついて、頭を深く下げる。
「天命をもって主上にお迎えする。」
込み上げる今にも嗚咽を漏らしそうな思いを託し、言葉に乗せる。
それは切望し続けたものへの誓い。
「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げる。」
イザークは一つ瞬きをすると足元に跪く藍の髪を見下ろす。
「――許す。」
静かな声を聞き届けると、彼がイザークの足の甲に額づく。

誓約の成立。

そうして、ゆっくりと顔を上げ仰ぎ見る。
蒼い瞳が自分を見つめていることが切ないほど嬉しくて堪らない。

――やっと、見つけた…
――やっと、逢えた…


蒼の瞳が翠の瞳と交わる。
主君へ彼はふわりと綺麗に微笑んでみせた。










彼はイザークを伴い、蓬山へ戻り天勅を受けた。
間も無く…
国府の正殿にて即位の儀が執り行われる。



――季節が冬から春へと移ろう頃のことであった。




 


所謂、Wパロでした…


所々、都合よく設定が捻じ曲げられていますが、まあ同人ですので見逃してください。


一つ一つ解説を文内に入れていくって言うのが難しくて。
上手い説明考える為に、原作を漁り、アニメを見返し…
でも、多分原作を知らない方には非常に不親切だと思います

二次創作を書いてみて原作者様の凄さを改めて感じました。
本当に小野主上に平伏です。


あ…しかも、アスランの名前が出てきていない…

その辺の続きは書きたいなあ…


07.11月04日