愛のかたまり


チェックし終えた書類を揃えファイリングし、それを脇に抱え、立ち上がる。
今現在の上司に当たる人物の執務室へ向かう。
ドア脇のパネルを操作し来室を伝えるブザーを鳴らし、名を告げれば、「入れ」と言う短い返事があった。
入室して目に入るのは真正面に置かれたデスクだった。その席には真っ白な軍服を纏うこの部屋の主の姿があった。
澄み渡った空の如き蒼い瞳は画面に固定されている。
歩みを進め傍へ近づいても彼の手はキーボード上を軽やかに滑りキーを叩き、止まることはなかった。
「書類、チェック終わったよ。」
「ああ、ご苦労。其処に重ねておいてくれ。」
やはり端末に向かったままだったが、俺は言われたとおりにデスクの左隅に出来ている書類の山に持っていたファイリングした書類を重ねて置いた。
「俺、これで終わりだから先に帰るぞ?」
先程まで止まることのなかった手がぴたりと停止し、視線がチラリと俺に向いた。
数瞬の後、再び彼は端末に向かい、ぼそりと言う。
「…俺ももうすぐ終わる。」
「もうすぐって…まだ結構掛かるだろ。」
俺が置いた書類の量も結構なものだったし、元々積み上げられていた書類の量も多い。
到底、もうすぐで終わる量ではないだろう。
「終わらせる。少しくらい待て。」
急くように彼の手はキーを叩き、傍らの書類を捲っていく。
そんな彼の様子に俺は内心で苦笑を漏らす。
「でも、買い物して行きたいから。」
「買い物?」
端末に視線は向いたままなのに、器用に彼は眉を顰めた。
「冷蔵庫の中、空だぞ?」
「ああ…そういえば、そうだったな。」
「だから、先に帰って途中で買い物して行くから。」
でなければ、今夜の夕食もまともに用意できない。
彼が仕事を終えるのを待ってから一緒に帰るとなると、その途中で買い物をして、それから夕食の準備になる為かなり遅くなる。俺が先に買い物をしながら帰って夕食を用意して、彼の帰りを待つ方が明らかに時間の無駄がない。
それに彼の仕事が終わってからでは肝心の店が閉まってしまうだろう。深夜まで営業している店はあるがそれでも普通の店の閉店時間は過ぎることになりそうだ。
「なら、誰かに送らせる。」
「いいよ。皆忙しいんだし。」
実際、年末で何処の部署も大忙しだった。ディアッカや他の者達だって自分の仕事で手一杯だろう。
彼自身もそうなのだし、よくわかっている筈だ。それでも彼はまだ迷う様に顔を顰めている。
「…イザーク。」
懇願する様に名を呼ぶと彼は手を止めて深く息をついて顔を上げた。
「わかった。俺も出来るだけ早く帰る。」
真っ直ぐに蒼の瞳が俺を捉える。
それに微笑して頷く。
「ああ、待ってる。」

漸くイザークを納得させた俺は隊長室を後にし、自分のデスクに戻ってきた。
帰り支度をしながら、先程の遣り取りが思い出され溜め息が漏れた。
まったく幾らなんでも心配性に過ぎる。
けれど、よく考えてみるとイザークはいつも俺が一人で帰ることに渋った。
いや、離れることを、なのかも知れない。
イザークから離れて目の届かない所にいくことを嫌がるんだ。
それはまるで、かよわい女の子みたいに守られている様で、なんだか恥ずかしい。
でも大切にされていることがわかるから嬉しかった。



俺は定時で仕事場を出ることが出来た。
支度を整え外に出ると冬の気候に調節されひんやりとした空気が頬を撫ぜ、俺は羽織ったコートの襟足を掻き合わせる。

2度の大戦後すぐには俺がプラントに戻ることは出来なかった。
けれども、暫くして制約付きではあったが、正式に市民権を取得し、プラントに戻ることが出来た。
色々な経緯の末であったが、一つ言えるのはイザークのお陰であると言うこと。
俺の為にプラントでどれだけ奔走してくれたのか…それを思うと胸が痛む。
現在、俺はイザークと共に暮らしていた。制約の一つでイザークは俺の監視役ということになっているが、実際には同居のいい訳みたいなものだった。家族を失い自宅も既にない俺を引き取る為と、素直にイザークの厚意に甘えることの出来ない俺を納得させるための口実。
更にイザークは俺のザフト復帰も叶えてくれた。漸く俺はイザークの部下になるという約束を果たすことが出来たわけだ。
――少し悔しい気もするけど。

街は家路を急ぐ人々で溢れかえっていた。
俺もその人の波に混じって通りを歩く。途中で贔屓にしている店に立ち寄り、食材など必要なものを買いながら。
イザークと暮らしている家はザフトの軍本部施設から程近い所にある一軒家だった。程近いと言っても徒歩で、買い物をしながらでは時間も掛かった。
けれども一通り買い物も済んだ。後は真っ直ぐに家へ向かうだけ。
「あ……」
不意に感じた香りに思わず足を止め、すれ違った相手を振り返る。
鼻孔を擽った香は非常に嗅ぎ慣れた香水のそれだった。そう彼が愛用しているあの香り。
一瞬のことだったし、その香水を纏った相手を確認することは出来なかった。既に人の波に飲まれてしまったんだろう。
勿論、その相手が彼であるわけがないことはわかっている。
けれども、思わず足を止めるほど、それは俺の中で強烈に焼きついて離れないんだ。
両腕で抱きしめられる瞬間。
意外に逞しい胸板。
生きている証である体温。
一瞬で身の内にそれらが蘇るほどに、俺はその香りを覚えている。
嗅ぎ慣れた彼愛用の香水の香は俺に安心感を齎す。
そういえば、離れ離れだった頃はこの香りを嗅ぐ度、その後を追っていきたくなったものだ。
我ながら女々しいと思うが、それだけ特別なものと言うこと。
足を止めたままだった俺を怪訝な顔をして人々が追い越して行く。
その人たちにも帰る場所があり、早く会いたい人が居るのだろうか。
俺も早く帰ろう。
だから、イザークも早く帰ってきてくれよ。





結局、イザークが帰ってきたのは9時を過ぎてからだった。
イザークの帰りはいつも遅いから、これでも早い方だった。普段なら日付が変わっているなんて当たり前だ。
それは俺だって同じだけど、隊長であるイザークの方がどうしても忙しく遅くなりやすい。
しかも、宇宙に出ていたり、本部に詰めていたりで、俺にしてもイザークにしても帰れない日の方が多い。
だから、二人揃ってこうして家に帰って来られるのも結構久しぶりだったりする。
俺が作っていた夕食を遅くなったが二人で食べた。それから先に俺は入浴を済ませ、寝室に向かった。
この家には寝室もベッドも一つしかない。
いや、ゲストルームもあるのでベッドは一応二つ以上あるのだが、俺とイザークが寝る部屋は一つで、そこに置かれたベッドも一つだった。
はじめ、俺はあまりにもあからさまなキングサイズのベッドの置かれた寝室に恥ずかしさから文句を言ったのだが、イザークに丸め込まれ現在に至っている。
曰く――なかなか帰ってくることが出来ないのだから、家で眠れる時くらいいいだろう。それとも、一緒に寝るのは嫌なのか?――と。
今思うと、卑怯な言い草だ。嫌なんて言える訳ないじゃないか。
思い出していたらなんだか腹が立ってきた。そのキングサイズのベッドの縁に腰をかけながら、濡れた髪を拭く手が不機嫌を表すように自然と荒くなる。
「何をイラついているんだ?」
いつの間にやって来たのか、イザークの呼び声に俺は驚いてしまい手が止まった。
「髪が絡むぞ。」
俺の動揺に構うことなく、隣に座ったイザークは俺の手からタオルを取り、そっと俺の髪を拭き始めた。
「…イザークこそ、髪が濡れたまま。」
イザークの切り揃えられた銀の髪から雫が首にかけられたタオルに伝い落ち、吸い込まれていく。
それを指摘した俺の声は先程の不機嫌さを孕んでいた。イザークも気付いたのだろう。俺の髪の水気を拭く手はそのままに、眉を寄せる。
「何を怒っている?帰りのことか?」
「…違う。」
不機嫌な態度が止まらない。唇を尖らせ、ぷいっとイザークから顔を背ける。
人間、指摘されればされるほど些細だった不満が大きくなっていくものだ。いや、俺が天邪鬼なだけか?
「遅くなったことか?」
困りきった声音だった。
髪を拭く手も動きを止まり、添えるだけになっている。
「…違う。」
ちらりと視線を向けると、イザークの困惑と不安が綯い交ぜになった顔が見えた。それはあまり見られないものかもしれない。
そう思ったら、なんだか得した気がして先程までの腹立たしさが一気に消え、逆に愛しさが生まれる。
「では、なんだ…――っ!?」
俺はぱっと振り返り、イザークの首にかけられたタオルの両端を握り、それをぐっと引き寄せる。
そして、言い募る彼の唇に自分のそれを軽く触れ合わせた。
イザークの顔が驚愕に染まっていくのを見たら、してやったりと思えて俺は小さく笑いを漏らした。
「イザークは卑怯だ。」
「…意味がわからん。」
からかわれたとでもおもったのだろうか。イザークが憮然とした様子でベッド外にタオルを放り投げた。と、思ったら両肩を押され、そのままベッドに押し倒される。
身体の上に覆いかぶさり、顔を覗きこまれる。濡れたままだった銀糸から俺の頬に雫が落ちた。
「イザーク、冷たいって…」
小さく非難の声を上げたが、退く様子はない。
見上げる相貌は困惑でも憮然としたものでもなく、ただ射抜くように鋭い真っ直ぐな瞳が俺を見つめていた。
「何で卑怯なんだ?聞かせてもらおうか。」
低く真剣さを帯びた有無を言わさぬ声。
きっと俺がなんと言っても納得する答えを得るまでは引いてはくれないだろう。
「…大したことじゃないよ。」
「いいから言え。――何でも言え。」
ああ、またそうやって…そんな風に言われたら逆らえないじゃないか。
そういうところが卑怯なんだと彼は気がつかない。
外側も内側も、俺の全てを彼は知ろうとする。見抜こうとする。
そして、俺もそれに応えるみたいに多くのものを彼に見せたい、知って欲しいと願ってしまうんだ。
胸の内で大きく溜め息をつく。
「…結局丸め込まれて、こうやって一つのベッドで寝てるのが悔しくなっただけ。」
「その話を蒸し返すのか。」
始めに言い争ったことをイザークも思い出したらしい。
少し眉を顰めて言った。
「そういうつもりはないけど…思い出したら腹が立ったんだ。それだけだよ。」
思い出し笑いみたいなものだ。この場合は思い出し腹立ちって言うのか?…聞いたことはないけれど。
悔しいけれども、今の俺の――言葉も仕草も思いも――全てがイザークに通じている気がした。
「そうか…」
漸く納得したらしい。
先程まで張り詰めたようだった気配が緩んだ。
俺の持つ感情の全てがイザークの為にあるようなものだから。
悔しさだって、怒りだって、苦しみだって、喜びだって、嬉しさだって…全部、彼が理由にある。
「そうだよ、それだけ――」
言葉は途中で途切れた。
イザークが俺の唇を己のそれで塞いだから。
頬を撫でる銀糸はやはり濡れていて冷たい。けれども、触れ合う唇は熱を持っていて酔いそうに甘かった。



二人でもう一度シャワーを浴び、イザークが整えなおしてくれたベッドに潜り込む。
敷きたてのシーツはひんやりとしていたけれど、お互いの体温で徐々に温まっていくのがわかる。
「アスラン?」
窺うように密やかな声にイザークへ視線を向ける。
「ん?」
イザークの手が俺の髪を撫でる。そっとあやす様なそれが気持ちよくて目を細めた。
「明日だが…久しぶりにゆっくりするか。」
「うん。」
潜められた声がまるで秘め事を話すみたいで、自然と俺の返答も小さく頷くものになった。
明日――おそらく既に今日になっているだろう――は二人揃って休みを取っていた。
お互い忙しい身だから揃っての休みも久しぶりなことだ。
「悪いな、クリスマス…」
「いいって何度も言ってるだろ。気にしてない。」
もう何度目の言葉だろう。呆れるくらいに何度も聞いて、俺は何度も同じ答えを返してる。
本当はクリスマスに二人で休みを取るつもりだったのだが、忙しい時期でもあって都合がつかなかったのだ。
いや、俺の方は大丈夫だったのだが、イザークが無理だった。
だからイザークは気を遣っているのだろう。
でも、俺はイザークほどクリスマスに拘ってもいなかった。
「代わりに明日二人で過ごせるんだろう。それで十分だよ。」
「しかし…」
そう答えてもイザークは何処か申し訳なさそうな顔をする。それが少し可笑しくて、小さく笑いが漏れた。
「それ以上言うなよ。俺はこうしてお前と一緒に過ごせるならクリスマスだろうと、そうでなかろうと関係ない。」
遠慮しているわけでも、我慢しているわけでもない。
本当にクリスマスなんてどうでも良かった。いや、どうでも言いなんていったらイザークに悪いな。
でも、今の俺にはクリスマスの有無なんて関係ないんだ。
「だが、折角休めたわけだし、せめてお前だけでも休めばよかっただろ?」
「いいよ。」
俺は首を横に振る。
「休みでも仕事でも…イザークと一緒に居たいから。」
俺はどんな時でもイザークの近くにいたい。それが家であっても、仕事場であっても。
「イザーク…俺はクリスマスなんて無くてもいいくらい、毎日が幸せだよ。」
今はイザークと毎日を過ごせるのだから、クリスマスなんて必要ない。
行き成り無言のままイザークに身体を抱き寄せられた。
俺の肩にイザークが額を擦りつける。
「イザーク?」
顔を覗こうとしたが、イザークによって制された。
「アスラン…愛してる。」
肩口から聞こえたぼそりとした囁きに小さく笑いが漏れた。
「うん、俺もだよ。」
イザークに抱きしめられるうちになんだか眠くなってきた。
それが伝わったのだろうか。イザークが顔を上げ、俺を抱いたまま枕に頭を沈めた。
俺は心地良い温もりに包まれ、イザークのパジャマの胸元を掴んで目を閉じる。
「おやすみ、アスラン…」
イザークの唇が柔らかく額に触れ、耳元に小さな囁きを落とす。
「ん…おやすみ、イザーク。」
事後の気だるさを残した身体はすぐにまどろみ始めた。

明日の朝も…明後日も明々後日も、こんな風にいつまでもずっと愛し合っていけるよね…










まどろみの中が俺は好きだった。
意識がふわふわとたゆたい、身体を包みこむ温もりが心地良くて、このまま身を任せていた。
「ン…?」
不意に波紋のようにまどろみが揺らぐ。
心地良かった温もりが熱く身体を火照らせるものに変わる。
背筋を駆け抜ける感覚は昨晩のものにとても良く似ている。――と言うより、同じだ。
今度ははっきりと首筋にちりりとした痛みと悦を覚え、流石の俺も目を覚ました。
「あ、…っ」
まだ薄っすらぼけた視界。まず目に入ったのは最近見慣れた寝室の天井。窓から差し込む光がとうの昔に迎えた朝の訪れを示している。
ぐるりと視線を回すと次に自分に覆いかぶさる銀糸のカーテンが見えた。さらさらと流れる銀糸が明るい光に煌めいて、俺は少し目を細める。
「なんだ、起きたのか。」
そして、耳に届いた非常に聞きなれた声。
同時に項に触れる唇の感触と強く吸われた痛み、背筋を駆け抜ける快感。
「ん、あっ!?」
びくんっと身体が痙攣し、高い声が上がってしまった。
更にその唇が下へと滑り行くのを感じ、慌てて、銀の髪を掴んで止める。
すると非難するような蒼の眼差しが向けられた。
「こんな朝っぱらから何してんだよっ。」
「ナニ。」
きっぱりと返された答えに眩暈がした。
「馬鹿か、お前は!」
思わず大声で怒鳴りつけ、いつの間にやら肌蹴られていたパジャマを掻き合わせ、毛布を手繰り寄せる。
「いいだろ。久しぶりの休みなんだから。」
「そういう問題じゃない!」
手繰り寄せた毛布を奪われ、ベッドに押さえ込まれた。
「コラッ、放せっての!」
「嫌だ。」
呆れるほどの即答だった。
パジャマの隙間を縫ってイザークの左手が素肌に触れ、脇腹から腰へかけて撫で上げられる。
右手はさわさわと布越しに太腿をなぞり、内股へと回る。
「っ、イザーク…」
痺れるような感覚にびくびくと身体が戦慄いた。
ささやかだったイザークの手の動きが徐々に大胆になる。
「ちょ、や…」
身の内のざわめきが下肢に集中していく。まずい…朝から流されるわけにはいかない。
意識を振り払うように俺は頭を振る。
「やめろ…って…」
片手でイザークの右手を捕らえたが、あっさりと弾かれてしまった。
その拍子に指先に何かがぶつかる。視線をそちらへ向ける。
それはサイドボードの上に置かれた目覚まし時計代わりのハロだった。イザークの要望で跳ね回ったり動き回ったりする機能はない。普段は大人しくしており、時間の時にだけしゃべるようになっている。
そうしている内にイザークの手がパジャマのズボンに掛かり、そこで俺の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろっ!」
俺はそのハロを鷲掴みにし、尚も懲りずに続けようとするイザーク目掛けて投げつける。
「イタっ!」
それはイザークの頭に物の見事にクリーンヒットした。
俺もイザークも適当に投げたものだから当たるとは思っていなくて、驚いて顔を見合わせてしまった。
ぽかんとしたイザークがハロのぶつかった頭をさする。
その姿が情けない可愛らしさで、俺は思わず吹き出し声を上げて笑ってしまった。
「ぷ、…あははは。」
普段とのあまりのギャップに笑いが止まらなくて、背を丸め文字通りお腹を抱えて、目尻に涙が浮かぶほど俺は笑い続けた。
「あ、はは…お腹、イタ…はははっ…」
「オイ…」
そんな俺に深く溜め息をつき、イザークが身を起こす。
どうやら俺を襲おうとするのは諦めたらしい。
そうして一頻り俺が笑い終える頃にはイザークはすっかり戦意を喪失し、ベッドの端に腰を下ろしていた。
俺は仰向けに寝転がり、笑い過ぎで乱れた呼吸を整える。
「気は済んだか?」
呆れ顔のイザークに顔を覗き込まれる。
「うん…ごめん。」
流石に笑いすぎたかな、と思い謝罪を述べる。
けれども、イザークは気にした様子もなかった。
「構わん。――それよりも…」
軽く唇が重なる。
「…おはよう、アスラン。」
微笑と共に贈られた言葉に俺も微笑み返す。
「ん、おはよう…イザーク。」





午前中は昨晩朝方まで起きていたこともあってのんびり家の中で過ごした。
代わりに昼食の後は二人で外へ出かける。
エレカは使わずに二人並んで街を歩いた。
特に急ぐわけでもなく、時折目に付いた店に立ち寄りながら街を歩いて回る。本当にデートらしいデートだった。
考えてみるとこんな風に二人で出歩くなんてことも今まで殆ど無かったな。
戦時中はそんな暇などなかったし、戦争後も俺はオーブに降りることになって共に居る事すら叶わなくなってしまったから。
普通の恋人のデートなんて俺達には似合わない、とか言って今まで誤魔化していたけれど、本当は心のどこかで憧れていたのかもしれない。
『当たり前』と言うものがどれだけ幸せなことか、今ならよくわかるんだ。
夕食はとある高層ビルの最上階にあるレストランへ行った。事前にイザークが予約を入れてくれたらしい。
こういったさり気ない気遣いが出来るイザークを格好いいと思ってしまうのは、やはり恋人の欲目なのかな。
夜景を楽しみながらグラスを傾けて、ご馳走を食べた。そして、プレゼントを交換した。
俺とイザークの少し早いクリスマスのお祝いだった。


レストランのビルを出たとき、すっかり街は夜に染まっていた。
あちこちにツリーや電飾での飾りつけがなされ、街はクリスマスの色を宿している。
昨日の帰り道では気にもつかなかった。きっと一人だったからだろう。
だって、どんなに大きくて立派に飾り付けされたツリーだって一人で見たって何の感慨も無い。
こうして隣に誰かが居て一緒に見上げるからこそ、綺麗に見えるんだ。
その誰かが、大切な人であるなんてとっても素敵で幸せなことだ。
折角だから少し遠回りして帰ろう、と提案してみる。
心配性のイザークだから却下されるかと思ったが、意外にもあっさりと頷いてくれた。
もしかすると取れなかった休みのことを気にしてかもしれない。だから、俺の我が儘をきいてくれたのかも。
それでも俺はイザークと恋人らしいデートの時間がまだ続くことがただ嬉しかった。
人通りの多い街中を歩き疲れたので、人気の少ない住宅街から逸れた郊外へと足を向けた。
予想通り、中心街を過ぎるころには人の姿も疎らになり、郊外に差し掛かるとすっかり人の姿がなくなっていた。
等間隔で立っている街灯が照らす夜道は街中の喧騒とは打って変わって、二人しか居なくなったかのようにとても静かだった。
俺はほっとして息を吐き出す。思っていたよりも疲れていたらしい。
人込みは苦手だ。
それに、イザークと並んでいると特に向けられる視線が多いから。
イザークはとても人目を引く。
絹のような銀の髪、空よりも美しい蒼の瞳、雪よりも白い透き通る肌。とても綺麗で美しいイザーク。
更にここ数年ですっかり大人になった。嘗ては中性的で女の子に見えたらしい顔立ちも精悍になり、背も随分伸びた。
美しい上に男らしさもプラスされて、魅力が増したように思える。
男としては悔しいけれど、恋人としては嬉しい。
これから益々イザークは格好よくなっていくんだろうか。
ならこの冬も越えて、時間を重ね益々素敵になって欲しいと思う。
「なんだ?」
気付かないうちにじっとイザークを見つめていたらしい。
「ううん、何でも――あ。」
首を振りかけて、やめた。代わりにちょっと口篭る。
「?」
不思議そうに俺を見つめるイザークと視線を合わせていられなくて、落ち着かず視線を彷徨わす。
そして、イザークに届く程度の小さな声で呟き零した。
「手、繋いでもいいか?」
滅多に言わないようなことだったからか、イザークが驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐにそれは微笑に変わり、すっと白い手が差し出される。
「…ああ。」
俺はその手に自分の手を重ねる。
するとイザークが俺の手ごと自分のコートのポケットに突っ込んだ。
じんわりと繋いだ手から体温が滲む。
「あったかい…」
「そうか。」
再び歩き出す。
繋いだ手も、心も、とても暖かかった。
「うん、イザークの手はあったかい。」
何度も差し出された手を俺はいつも振り切って遠くへ離れてしまった。けれどももう二度とこの温もりを、この存在を自分から手放すことなど出来ない。
イザークと離れて過ごしていたことが不思議でならない。俺はオーブでどうやって生きてきたのだろう。
いや、俺は一度その手を取ってしまったら二度と離れられなくなることをわかっていたのかもしれない。だからその手を取ってしまうことが怖かった。
「普段は貴様の方が体温が高いだろ。」
でも、俺はもう彼の傍を離れて生きて行くことなど出来ないだろう。
だから、もし彼が死んだりしたなら俺ももう生きてはいけない。
「そうだっけ?」
それはあり得ない話ではない。
だって、俺達は軍人だ。命の危険が伴う場所に常に身を置いている。
あまりに大きすぎる愛は失うことばかりを思わせる。
「ああ。」
特に俺はもうイザークしか居ないから。
母も、父も、仲間達も、もうこの世に居ない。
幼馴染も、婚約者も、守りたかった人も、皆違う道を進んでしまった。
大切な人はもう、イザークだけなんだ。
不意に繋いだ手を強く握られる。
「イザーク?」
「考えすぎは貴様の悪い癖だ。今だけ見てればいいだろ。」
顔に出ていたのだろうか。気付かれていたことが情けなく思えて、でも気付いてくれたことが嬉しい。
過去は過ぎ去った日々。いくら悔いても嘆いても返らないものは返らない。
未来は未だ来ない日々。いくら不安を抱いてもなるようにしかならない。
今だけを見て、日々を重ねていけばいいのかもしれない。
吐き出した息が白い。
作り物の真っ暗な夜空と寒冷に調節された外気が冬と言う季節を描く。
ひらり、目の前を白い花弁が過ぎる。
ああ、寒いわけだ。
ひらり、ひらり、と舞い落ちる花弁は人工的なものであってもとても綺麗だ。

「…ねえ、雪が落ちてきたよ。」

自然、足を止め、掌を上にして空を振り仰ぐ。
その掌に雪が一片舞い降りてきた。それはひんやりと冷たい感触を残し、溶けて水滴となる。
「冷えるぞ。」
そう言って翳していた手も握られた。くすりと笑いが漏れる。向かい合って互いに手を握り合った。
すっと、イザークが俺の冷えた手を持ち上げ、指先に唇を落とす。
外の空気に触れ冷えた俺の手にとってイザークの唇は熱くすら感じた。
「イザークっ!?」
瞬間、慌ててあげた声は上擦り、頬が火照る。
動揺を見せた俺にイザークはイタズラが成功した子供みたいな顔で笑った。
くつくつと咽喉の奥から笑いを漏らしている。
「何してるんだよ、馬鹿!」
掴まれていた両手を振り切り、背を向ける。
未だに頬は火照ったまま熱くて、両手で覆って冷やした。
「アスラン…」
ふわり、と腕が回され背後から抱きしめられる。
振り返ると先程とは違い、大人びた男らしい顔をしたイザーク。
瞳の奥に宿る焔に俺は溶かされてしまいそうだ。
どんな表情も愛しくて、幾度だって見たい。
悔しくって回された腕を振り解いて、イザークの胸に抱きついて顔を埋める。
「…やっぱりイザークは卑怯だ。」
イザークにぎゅっと思いきり抱きしめられた。
俺も背に手を回し、その逞しい腕に身を委ねる。
「卑怯でも、もう逃がさない。」
耳元で強い意志が篭った声がはっきりと告げた。
「うん。もう離さないで。」
この手を二度と…
もう俺は貴方無しでは生きていけないから。
「――アスラン。」
今度は耳元で熱を帯びた低い声が囁くように俺の名を紡ぐ。
それは甘く俺の心を揺るがす。
「イザーク…」
顔を上げると、熱を孕んだ瞳と視線が絡んだ。
瞳を見つめあったまま、どちらからともなく唇を重ねあう。
こんなに寒い中でも唇は熱い。
何度も啄むように口付け合って、次第にそれだけでは足りなくなる。
イザークの舌先が許しを請う様に唇をなぞり、俺は瞼を閉じてそれを受け入れる。


『愛してる――』


言葉に仕切れない思いを口付けに載せて交わす。





思いきり抱きしめられると心
あなたでよかったと歌うの
X’masなんていらないくらい
日々が愛のかたまり


――最後の人に出逢えたよね…


 


テーマソングはKin○i Kidsの「愛のかたまり」です。
カラオケに行った時に歌ったらどうしても書きたくなって…
時期外れなんですが、まあいいか。
一応、歌詞の流れに沿ってみました。

設定は「休日」に近いですかね。
でも、シリーズとか繋がりとかはないです。

一人称進行、何故か慣れません…
ちなみに今回、少し拘ったのがアスランに現在の家を「自宅」と表現させないこと。
アスランにとって今の家は「イザークが購入したイザークの家」であって、自分は居候なんです。
嘗ての「自宅」であったザラ邸は失っているので、アスランには今「自宅」がないんです。
いつかアスランが今の家を「自宅」と呼べるようになるといいなあ。
その時はきっとイザークと結婚した時だ。


色々削ってしまった部分があるのでいつか書き直したいなあ。

08.1月20日