黄昏の誓い
「海が見たい。」
事後のまどろみの中で俺が呟いた小さな声をイザークは聞き逃さなかったらしい。
その一言をきっかけに次の日、俺とイザークは車に乗り海へ向かっていた。
突然のことだった。
カガリに呼び出しを受けて、向かったホテルにイザークが待っていた。
「――久しぶりだな。」
そう言ってイザークが笑うのを俺は驚き硬直したまま見つめた。
戦後、俺はプラントに帰ることが叶わなかった。
無理もない。俺の存在はプラントにとってマイナスにしかならない。
ナチュラルを全て滅ぼさんとした父であるパトリック・ザラ。その罪は重く、止められなかった俺にも責任がある。
又逆にいまだ父を信じる者は俺に父の後継を求める。
そして、俺自身にもザフトを裏切ったと言う罪がある。裏切るつもりはなかったと言い訳をした所で、実際命令に背いたことに代わりはない。
だから、俺はカガリの助力を受け、オーブに身を寄せていた。
その俺に会う為、イザークはわざわざプラントから月経由でオーブに来てくれたのだと言う。
本当に久しぶりの再会だった。
イザークは戦時中に負った顔の傷を綺麗に直していた。何処となく大人びたようにも見えた。
俺は切ないほどに嬉しくて堪らなかった。今にも涙が溢れ出しそうなほどに。
その…俺とイザークは所謂、恋人という関係だ。
もっとも、そんなに甘いものではないけど、確かに俺達はお互いに想い合っていたのだ。
その夜、二人きりで食事をして、当然のように俺はイザークが宿泊するホテルに一緒に泊まった。
昨夜のこともあってゆっくりとした時間にホテルを出た。
車は黒の乗用車だった。いつの間にかイザークがカガリに頼んで手配してもらっていたらしい。
イザークがハンドルを握り、俺は助手席に乗り込んだ。
すぐに車が動き出す。
暫くすると都心らしいビルの並ぶ街並みが見えた。
俺は窓の外の後に流れて行く景色をボーっと見つめていた。
街は先の戦争の爪痕を色濃く残している。崩れかけた建物。まだ整備しきれない穴の空いた道路。
徐々に街並みが移ろって行く。車は都心を抜け、郊外へと進む。
イザークは特に何も言わない。ただ時折行き先を指示するナビゲーターシステムの声が車内に響いた。
南国特有の強い日差しが一瞬視界を過ぎり、思わず手を翳す。
もう太陽は真南から随分傾いている。もしかすると、海岸線に出る頃には日が沈む頃かもしれない。
それはそれでいいなと思い、口元に笑みが滲んだ。
案の定、海が見えてきた頃には日がすっかり傾きを見せていた。
海岸線に沿った道路を車は走る。
ナビゲーターシステムが最後の案内を告げ、終了する。
イザークがハンドルを切り、海を眺めることが出来るパーキングに入った。奥の海が一番近い場所に停車する。
「着いたぞ。」
「あ、…うん。」
言われなくてもわかっていたけれど、何故か俺はぼんやりしたままでいた。
イザークに促され、車を降りる。
潮の香りに本物の海へやって来たと言う感覚がした。
辺りを見回してもパーキングには俺達の他に車は見えなかった。もっとも、こんな時期にわざわざ海辺にやって来る者もいないだろうが。
「浜に下りれる様だな。」
イザークが駐車した場所の近くにある階段に気がついた。階段はこのパーキングと浜辺を繋ぐものらしい。
二人でその短い階段を下り、浜辺に下りることにした。
この浜辺は戦争の余波から免れたらしい。白い砂浜に白波が打ち寄せ、澄んだ色をした海が眼前に広がる。
波打ち際まで歩みを進める。踏み締める砂がさく、さく、と音を立てた。
時刻は夕刻。海の彼方、水平線にちょうど太陽が沈んでいく所だった。
空は赤く染まっていき、海面に反射する夕日が目に沁みるほど眩しい
目を細めて二人でその夕日を眺める。
「綺麗だな。」
イザークの言葉に俺は少し驚いた。俺も同じことを思っていたから…
少し嬉しくて微笑が零れた。
「ああ――綺麗だよな。」
「自然というのは偉大だな。人の手ではどうしても造れない。」
「そうだな…」
イザークの言うとおり、己のちっぽけさを感じさせるものがあった。
何処までも続く海と太陽が織り成す雄大と言うに相応しい光景。
「…本当に綺麗だ。」
感嘆の溜め息が混じる声だった。
隣を見遣ると、赤に染まったイザークの横顔がある。
銀糸がきらきらと煌めいて夕日に照らされる海の白波のようだ。白い肌も赤く染まって見える。
不意にデジャブを覚える。
「そういえば、あの時もこんな夕焼けだったよな…」
「あの時?」
イザークが俺を振り向き、目が合った。
赤く燃える様な空。
赤が映り込む真っ直ぐな蒼い瞳。
赤い光を反射し煌めく銀。
赤く染まるイザークの白い顔に走る傷跡。
そして、戦士の誇りを示す真紅の軍服…
どん底に居た俺にくれた言葉を今でも覚えている。
「――カーペンタリア。」
「ああ…」
その一言でイザークも思い出したらしい。
蒼の瞳が薄く細められた。
「あの時の貴様は黄昏の様だったな。暁の名を持つくせに――」
そう言ってイザークは口元を歪めた。
それは皮肉を帯びているのに、酷く哀しそうだった。
「イザーク…」
名を紡ぐ声が少し震えた。
「そういう顔をするな。」
小さく笑ってイザークが俺の頬に手を添えた。
目を閉じる。強烈な赤は瞼越しにも感じられた。
イザークの優しさが嬉しくて、けれども辛い。
俺はこんなにも俺を思ってくれている人を裏切ったのだ。
思わず、イザークの手を取っていた。温もりが指先に伝う。それはあの時握手を交わした手と同じ。
あの時、大切なものを見逃していた俺。
けれど…
「お前があの時くれた言葉が俺を生かした。」
生きる気力をくれたのは確かにイザークだった。
「――ありがとう。」
不意に軽い衝撃と温もりを全身に感じた。
俺はイザークに抱きしめられていた。その背をそっと抱き返し、肩口に額を押し付ける。
慣れた香水の香りが鼻を擽る。
「いつかさ、俺がプラントに…ザフトに帰ることが出来たら…その時は約束どおりお前の部下にしてくれるか?」
約束はいまだ守られない。
イザークに非はない。
全ては俺の責。俺が裏切ってしまったから。
それでも、いつか…いつかは、その約束を叶えたいと思う。
「当たり前だ。」
自信に満ちた声が全身で伝わってきた。
目を眇め、イザークの腕に抱きしめられたまま海へ視線を移す。
「黄昏の誓い、かな。」
ちょっとおどけて言ってみるとイザークが小さく笑い、言った。
「同じ赤でも貴様にはきっと暁の赤の方がいい。」
種後のお話です。
色々な経緯でこうなったんですが、とにかく話が纏まらなくて苦労しました。
キーワードはドライブと海と夕日。
実はどこかにこれの続きがあったり…
ただし、そちらは性描写が入るので苦手な方は探さないで下さい。
07.12月22日