初恋
『初恋は実らない』
先人は上手いこと言ったものだ。
でもって、彼は正しくそれを経験したわけだが…
父親に連れられ、ディアッカはマティウス市にやって来ていた。
父曰く、知り合いにディアッカと同い年の子供がいて会わせたがっている、とのことだった。
正直言ってディアッカは同い年の子供とやらに会うことはどうでも良かった。
同じコーディネイターでも優劣はある。
その中でディアッカは優秀と言っていいだろう。
今まで同じ年頃でディアッカ自身と対等に渡り合えるほど優秀な子供にあったことが無かった。
そういうこともあって、あまり気乗りはしなかった。
それでも、大人しくついて来たのは父の知り合いという人がとても綺麗な女性だというからだった。
この辺、後の彼に通じる所がある。
父の運転する車はいつの間にか高級住宅街へと足を踏み入れ、一軒の邸宅の中へと進んでいく。
白を基調とした邸宅はディアッカの自宅と同じかそれ以上の広さを持っているように見えた。
車を降り、父と共にこの家の執事だろう初老の男性に屋敷へ案内を受けた。
辿り着いたのはこの家の庭に面したテラス。
丁寧に手入れをされた庭は白い薔薇の花が綺麗に咲き誇っており、そこから芳しい香りが風に乗ってやってくる。
テラスには白い丸テーブルに椅子が四脚。そして、二人の人物が居た。
手前に座っていた女性に執事が声をかけると、彼女が立ち上がりエルスマン親子に向き直った。
「いらっしゃい、タッド。」
父の言う通りとても綺麗な女性だった。
差し込む日差しに照らされきらきらと輝く短い銀色の髪が綺麗で、知的な雰囲気を纏っている大人の女性。
「やあ、エザリア。」
父とその女性が和やかに繰り広げる会話もディアッカの耳を右から左へと通り抜けて行く。
ディアッカはすっかりその女性に見惚れていた。ふとそんなディアッカの目に飛び込むものがあった。
それは父がエザリアと呼んだ女性に倣って立ち上がったのだろう一人の子供だった。
ディアッカの位置からではエザリアが遮っていてよく見えないが、例の同い年の子供だろう。
「ディアッカ。」
不意に父に呼ばれ顔をそちらへ向ける。
父が挨拶をと促すのを感じ、一歩足を踏み出しエザリアの前で礼をする。
「初めまして。ディアッカ・エルスマンです。」
「初めまして、ディアッカ君。エザリア・ジュールよ。今日はよく来てくれたわね。ありがとう。」
「いえ…」
綺麗に微笑みを浮かべるエザリアに思わずディアッカは赤面してしまう。
「ああ、そうだわ。ウチの子を紹介するわね。」
そう言ってエザリアが自分の斜め後ろに控えていた子供を呼ぶ。
呼ばれてエザリアの横に並んだことで漸くディアッカはその子供と対面することが叶った。
思わず、息を飲む。
エザリア譲りであろう。肩先で揃えられた白銀に輝く真っ直ぐな髪、白磁のような白い肌。プラントの人工の空よりも遥かに美しい蒼い瞳。ディアッカより僅かに身長が低く、幼さも相俟って華奢に見える立ち姿。白のスーツに身を包んでおり、スカートでないことが少し悔やまれる。ビスクドールのように完璧な容姿を兼ね備えているが、どこか儚さを思わせる美しい少女が其処に居た。
「初めまして。イザーク・ジュールです。」
丁寧だが素っ気無い挨拶もディアッカは気にならなかった。
一目惚れ。しかも、これが幼いディアッカにとっての初恋だった。
すっかりその少女の虜にされてしまったディアッカは夢見心地で父達の話を聞いていた。
取り敢えず、大人は大人同士、子供は子供同士で時間を過ごそうということになったのは理解した。
庭でも見て来たら?というエザリアの提案に思考回路が停止気味のディアッカはとにかくこくりと頷く。
するとエザリアが案内してあげなさいと少女に声を掛けた。
母へと頷き返した少女に促され、二人で庭へと向かうこととなった。
「この薔薇は植物研究をしている母の友人が母をイメージし品種改良してくれたものだそうだ。」
「へえ…」
庭に咲く花の中でも特に印象的な白薔薇を指し示し少女が説明をしてくれる。(ちなみに『植物研究をしている母の友人』がアスランの母親であったことは後に知った。)
つっと少女の白い指先が白薔薇の花弁を撫ぜる。
そんな些細な仕草がとても様になり、ディアッカは息を飲んだ。
「おい、貴様。人の話を聞いてるのか?」
「あ、聞いてるよ。ごめん、ごめん。綺麗なもんだから見惚れてた。」
花ではなく少女に、だったがそこは笑って誤魔化しておく。
先程の挨拶と違って砕けた口調が嬉しく思えた。ぶっきらぼうな物言いだがそういう性格なのだろう。
それに女王様的な振る舞いも案外似合っている。ディアッカは益々少女に惹かれていく自分を感じていた。
「花が好きなのか?」
納得したのか、問いかけてくる少女にお得意の笑みを向ける。
言っておくが、ディアッカだって容姿もかなり優れている。こうして笑って見せればそこらの女の子は簡単に自分に夢中になったものだ。
「ん?ああ…好きって言うか、師匠が花を愛でることは日舞にとってとても大切なこと、って言ってたからさ。」
「シショウ?」
「師匠ってのは日舞の先生のこと。日舞って言うのは…」
「知っている。地球の島国に古くから伝わる舞だろう。」
「へえ、よく知ってるな。」
ディアッカが今まで出会った同じ年頃の子供で日舞を知っていた者はいなかった。
少女の知的さと優秀さを垣間見、またそこに惹かれてしまう。
「ふん。当然だ。俺は民俗学を勉強しているからな。」
「民俗学か…ん?」
「なんだ?」
今、何かが引っかかった。
訝しげな表情を浮かべる少女を見つめながら、今の言葉を振り返る。
――ふん。当然だ。俺は民俗学を勉強しているからな。
――当然だ。俺は民俗学を勉強しているからな。
――俺は民俗学を勉強しているからな。
――俺は民俗学を……
――俺は……
「――俺?」
「は?」
ぶっきらぼうな物言い、俺という一人称、それにイザークと言う名前…
ディアッカの頭の中を凄い勢いで数多の情報が駆け巡り、そして一つ可能性に思い当たる。
「……え、男?」
少女――否、彼を指差し、ディアッカは思わず呟いた。
二人の間に沈黙が落ちる。
「きっさまーーー!!一体、今の今まで俺をなんだと思ってたんだーーーーーッ!?」
次の瞬間、怒りで顔を真っ赤にしたイザークの怒鳴り声がジュール邸に響き渡った。
こうして、ディアッカの初恋はものの5分で砕け散った。
それから、始まった腐れ縁とも言うべき親友関係。
未だにディアッカがイザークに対して頭が上がらない部分があるのは、もしかすると惚れた弱みって言うものが含まれているのかもしれない。
何はともあれ、今現在もいい親友関係――別名・主従関係が成り立っているわけだ。
イザアス大前提のディアイザです。
あ、でもディアッカは基本的にイザークの味方なので、イザアスの一番の応援者です。
被害ばっかり受けてるけどね…
ディアッカは私の作品では全般被害者です。
今回の話で少し報わせてあげるつもりだったんですけど、全く報われなかったです。
07.11月17日