歪
その役割上、牢獄というものは重苦しい威圧感を持っている。
脱獄を防ぐため窓は少なく、昼夜を問わず中は薄暗い。
剥き出しのコンクリートが空気を冷やし、更に見回りの足音や住人が立てる小さな物音までもよく反響させた。
だが、その時耳に届いたのは普段聞く見回りとは違った足音だった。
軍靴が一定のリズムで刻むカツカツと言う足音は重苦しい威圧感よりも堂々とした自信を感じさせる。
その足音のせいか、いつもとは違った種の静けさが満ちる。
独房内で固いベッドに座り、キンブリーはその足音が近付いてくるのを感じていた。
どこかで聞いた覚えのあるそれが徐々に近付いてくる。
薄暗い室内、鉄格子の嵌った小窓からチラリと見えただけだったが足音の主が誰かキンブリーはすぐにわかった。
「おや?マスタングではないですか。」
カツン…
通り過ぎようとした足音がぴたりと止まる。
印象的な漆黒の瞳が驚きの色を宿しキンブリーへと向けられる。
「紅蓮の…」
「お久しぶりですね。こんな所でお会いするとは思ってもいませんでした。」
楽しげに笑いを溢すキンブリーとは対照的に男は不愉快そうに眉をひそめるだけだった。
「なにか任務ですか?」
「お前には関係あるまい。」
そっけなく言い放たれ、キンブリーは軽く肩をすくめる。
「ああ、それもそうですね。私はもう軍人ではないですし…」
男の表情が歪む。
ああ、何故だろう。
鉄格子の向こう、独房の外に居るはずの男こそ檻の中に捕えられているように見えるのは…
男は不快げな表情をそらし、足音を再開させようとした。
「ねえ、焔の…?
敵味方関係なく大量に殺した私は罪に問われ、イシュヴァールの民のみを大量に殺した貴方は英雄…
私と貴方はそんなに違うものですか?」
男の肩が揺れる。
キンブリーから視線を外したまま、けれども男の足は止まった。
じっと小さな窓から男の横顔を見つめる。
綺麗な顔立ちだとキンブリーは思った。
だが、すまし顔よりも男をより美しく見せるあの表情がキンブリーは見たかった。
「そんなもの、私が聞きたい。」
小さく落とされた言葉はキンブリーにのみ届いていた。
鈍く光る彼の瞳が揺らぎ遠き過去を見つめる。
「貴方は相変わらずですね…
貴方の様に優し過ぎる人間に軍人は似合わない。」
嘲笑う様な笑みが男の口元に浮かぶ。
違う、その顔ではない…
「お前にそんなことを言われるとは思わなかったな…
ただ一つ訂正するなら私は優しい人間ではない。」
「それなら、甘過ぎるにしておきましょうか。」
「それもどうだかな…」
瞳に悲しみがよぎった。
キンブリーは心の奥で笑みを浮かべる。
「ねえ、軍にいることは貴方にとって…」
「戯言だな。」
ああ、あと一歩…
「…やはり檻の中に捕われているのは貴方の方ですね。」
今度こそ足音が再開され、小窓から男の姿は見えなくなった。
けれども、去り際に浮かんだ苦悩の表情をキンブリーは見逃さなかった。
『――そう、その表情が貴方にはとても似合うんですよ…』
会社でぽちぽち携帯執筆したものです。
タイトルは「歪(ひずみ)」です。
キンブリーとロイの会話って意外と書き易い…(笑)
(06.03.16〜07.07.15)
↑どれだけ放置…