カワラナイモノ

夜も更け行く頃、ロイ・マスタングはようやく仕事より解放され帰宅を許された。
灯りは最小限に落とされ人々の気配も密やかだった邸宅内は主人の帰りによって一時ざわめきを取り戻す。
ロイは同居人であり、恋人である者の姿を求める。
恋人の名はエドワード・エルリック。
二つ名を「鋼」という国家錬金術師であり、現在大総統となったロイの護衛として少佐の地位についている軍人である。


リゼンブールにて二人が出逢ってから、随分な年月が流れた。
エドワードは激しい抗争の中で弟の身体を取り戻す事に成功した。
しかし、エドワード自身の右腕と左脚は機械鎧のまま取り戻す事は叶わなかったらしい。
それでも、兄弟は長い旅に終止符を打つことを決めた。
どんな思いで二人がその決断を下したのかのロイは知らない。
ロイに出来た事といえば、頷き、笑みと共によくやったという言葉を投げかけることだけだった。
そして、目的を果たしたエドワードは資格を返上し、弟と共に故郷へ帰るのだとロイは思っていた。
それが兄弟二人の幸せの為でもある。
だからロイはエドワードが別れを告げに自分の元を訪れた時、笑顔で受け止めようと心に決めていた。
寂しいという事実もあったが、彼の幸せを思えばこそだった。
国家錬金術師であればいつ戦場へ人間兵器として駆りだされるかわからない。
エドワードだってそれは望まないだろうし、ロイも彼にヒトゴロシはさせたくないから。
だが、予想に反してエドワードは帰ることも資格を返上する事もしなかった。
それどころか軍に入隊する志願をしたのだ。
驚き言葉を失うロイにエドワードはこう答えた。
『あんたの傍に居させてくれ。今度はオレがあんたを助けたいんだ。』
ロイは言葉で言い表せないほどの想いと嬉しさが一度に押し寄せ、思わず涙を流した。
エドワードの思いを受け取り、ロイは彼を己の部下として手元に置いた。
勿論、それを快く思わない者達も多かったが、その反対をロイが無理矢理押し切ったのだ。
それから更に数年の月日を経てもロイがエドワードを手放す事も、エドワードがロイから離れていく事もなかった。


そんなエドワードを探し、ロイはまず寝室へ向かう。
もう夜も遅い。先に寝ているだろうと考えたからだった。
しかし、その部屋にエドワードの姿はなく、暗闇が蟠っているだけである。
一先ず寝室を後にし、次に向かうのは書斎。
隣に書庫があるその書斎でよくエドワードは本を読みながらロイの帰りを待っていてくれた。
寝室からそれほど離れない場所に位置する書斎に辿りつくとノックはせずにそっと扉を開く。
室内はやはり暗かった。
にも拘らず、室内の様子が窺えるのは月明かりのおかげだろう。
そして、その月と言う光源に照らされている探し人がいた。
執務机の向こうにある大きな窓、その桟に腰掛けるように寄り掛かり、なにやら物思いに耽るエドワード。
淡い明かりの中の彼の姿にロイは目を奪われる。
長く伸ばされ後ろで一つに括られた金色の髪が窓から差し込む明かりによって輝き、精悍な顔立ちを更に際立たせる深い琥珀色の瞳がどこかをじっと見つめている。
触れることの許されない神々しさに覆われているようで、酷く声を掛けることが躊躇われた。
同時に遠い存在に感じてしまう彼を逃したくなくて、急くような気持ちが押し寄せる。
「こんな所に居たのかね……」
ロイは出来るだけ気持ちを落ち着かせ、平静の調子で彼へ声を掛ける。
それでも扉の内に足を踏み出すのにはとても勇気がいるように思えた。
己の脚を叱咤しながらロイは足を踏み出し、エドワードの元へと歩み寄る。
窓際の彼が顔を上げ、ロイへと瞳が向けられる。
別世界を彷徨っているように見えたエドワードが自分という視点を結んだ事で帰ってきてくれたように感じ、ロイは心の奥で安堵の息をつく。
自然とロイの口元は綻び、穏やかな笑みが浮かぶ。
執務机を通り過ぎ、彼との距離が後数歩という距離まで近づくとエドワードの手が伸び、先にロイの身体を捉えた。
「お帰り…」
耳元に低い青年の声が落とされる。
時間を経て成長したエドワードに抱き締められ、ロイはそっとその広い背中へ腕を添え、
「ただいま…」
帰ってきたのは家ではなく、本当の居場所。
エドワードの腕の中というロイにとってかけがえのない居場所に帰ってきたのだ。
彼の温もりに包まれながらその金の双眸をロイの漆黒の瞳が見上げる。
見下ろす立場から見上げる立場に変わったのはいつ頃だったろうか。
小さいという言葉に過敏な反応を見せていたエドワードは今やロイの身長を追い越し、部下の一人であるハボックに並ぶほどの長身になっていた。
「疲れた?」
優しい光の色を宿した瞳が細められ、ロイの艶やかな漆黒の髪をエドワードの機械鎧の指先が労わる様に梳く。
変声期を過ぎた青年らしいエドワードの低い声は透き通り心地良く耳に届く。
「このくらいは平気さ…」
問いかけにそっと返答を返すと髪を梳いていた手が止まり、両腕でぎゅっと抱き締められた。
「あんた、そう言っていっつも無理するから。」
「大丈夫だよ…君が居てくれるからね…?」
耳元に落とされるエドワードの言葉に温かな気持ちが込み上げ、身体に浸透してゆく。
自分を心配してくれるエドワードの気持ちがロイにとってくすぐったくて温かい。
それがロイの疲れを芯から溶かしていく。
「そうやっていっつもはぐらかすんだよな、あんた…」
溜め息と共に紡がれたエドワードの台詞にロイはその腕の中で小さく首を振り、微笑みながらこう答えた。
「別にはぐらかしてなどいないよ。君が居てくれるからこそ私は頑張れるんだ。」
エドワードから言葉は返らず、代わりにもう喋るなと言いたげに唇を唇で塞がれた。
その行動はロイの言葉を嘘と思ってか、照れから来たのか、それはわからなかった。
けれども、瞼を下ろす時に垣間見たエドワードの頬が僅かに染まって見えたように思えて…
ロイは触れるだけの口付けを深めようと唇をそっと開き、舌先を覗かせる。
すぐにエドワードの熱い舌が咥内に滑り込み、舌を絡み取られる。
甘く、深く…いとしむ様に、慈しむ様に…
与えられる口付けにロイは酔いしれる。


少年だったエドワードは成長し、青年になった。
大佐だったロイは昇進し、大総統になった。
姿も立場も大きく変わっていったけれども、二人の想いは変わらずそこにあった。
互いに思い合い、互いに護り合い、互いに愛し合い…
ロイにとってエドワードが大切な存在であるように、エドワードにとってもロイは大切な存在なのだ。



流れる時は様々な変化を齎していく。

――それでもカワラナイモノもあるということ……

 


以前、開催されていたお祭り・スゴイダイズ祭様へ投稿した作品。
雫様との合同作品になります。
なり茶での雫様のエドをイメージしております。
中々納得が行くものにならず何度も推敲を重ねました。